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2011年10月

ポニーテールとスス(マレー語で牛乳的な意味で)

Selamat malam, apa khabar?

Khabar baik!じゃないよと。プロジェクト期間も終わってもう1ヶ月も立つってのに、このタイミングでブログ更新とかお前何回渡航してきてるんだと。すみません。

僕はレジャーの日のブログを書くんですが、

手短に言うと、レジャーとは、「せっかくリゾート地のコタキナバルに来たんだから、あいのりもびっくりのリア充しようぜ」っていうボランティア団体とは思えないコンセプトの(以下略
なんていうことは一切無く、今後活動や議論を進めていくメンバー、さらにはCPの絆を深める共通の楽しい思い出を創り、活動づくりや活動の疲れをリフレッシュしてまた明日からがんばろうっていう素晴らしい活動(?)のことです。

コタキナバルの近くには3つの観光スポットとして有名な島があり、
マヌカン島、サピ島、マムティック島と、それぞれ特徴を持っています。
中でもマヌカン島は、3つの島の中で最大でダイビングで有名な場所で、訪れる人も一番多いです。

しかし、コタキナバルまさかの7回目の僕は、毎回毎回訪れるマヌカン島に正直飽きてきていたので、
今回はマムティック島を選択するという企画担当の暴挙。はっはっは。
というのは半分嘘で半分本当で、マヌカン島では水深が深いところまで海岸から時間がかかるけど、マムティック島では海岸からすぐに深い海に行けるというひろゆき(日本語が話せるヌンバック村人)からの事前情報を元に選んだんですよ。本当だよー

毎回島で何をしているかというと、まずはウミガメが産卵しているのでその勇姿をみんなで拝みます。その後はマムティック島にしか生息していない、オランウータンの祖先・・というのは全部嘘で、シュノーケリング(海中でも使用可能な特殊眼鏡と呼吸用装具を見につけてファインディング・ニモ)やバナナボート(バナナのような形をした物体にみんなでまたがり、船で引きずり回された挙句に物体から吹き飛ばされて全身を強打するお遊び)、パラセーリング(パラシュートに乗っかって船で引きずり回された挙句、海に突き落とされるエキストリームスポーツ)なんかをしたりします。

まあ様子は写真を下に乗せておくので、それを見てもらえればわかると思うので省略します。
でも、70RMぐらい(2000円しない)で1日、ファインディング・ニモしてエキストリームスポーツできてハイパーあいのり状態ですよ。円高どうもありがとう。(ちなみに今僕は延泊でマレーシアの首都Kuara Lumpurにいるのですが、10000円でRM409とかいう奇跡の換金所を見つけました。軒並みRM400超え。僕がBPに入ったころの2008年夏にはRM360ぐらいだったのに。日本経済は大丈夫でしょうか)

さて、ここまでは前段で、今日書きたかったのはもうちょっと真面目な話なんですよ。

それは、家族の話。なんか去年もこの話題でブログを書いたような気がするけど。

リーダーという位置づけもあり、またなんとなく僕のパーソナリティもあり、笑 今回の渡航で、いつも関わっている人、と、その家族のみなさんと触れ合う機会がすごく多くありました。
たとえば村人、たとえばひろゆき、と、そのお母さん。
たとえばメンバー、と、そのご両親。
たとえばCP、Allex,Aaron・Fadhil、と、そのご両親。

そこで何を感じたかというと、今までいて当たり前のようになっていた「みんな」の存在が、かけがえのない、「たったひとり」の存在である人がいる、という当たり前のこと。

たとえば、僕のために必死に働いてくれている両親の人生にとって、僕がどう今を生きているか、これから先どう生きていくのかが大きな大きな位置づけを占めるように、
それはメンバーひとりひとりのご両親や大切なひとにとってもそうだし、
村人ひとり、子ども一人の将来はその両親の人生にとってかけがえのないものだし、
CPもまったくもって同じなんだよなあと。

メンバーで言えば20年間ちょい、240ヶ月生きてきたメンバーの、たぶん人生で一番大切な期間のうちの一つである大学4年間のうちの3ヶ月、6ヶ月、それ以上の意義づけを預かっている立場として、ひとりひとりの人生に対する責任は覚悟の上でいたけれど、それどころじゃないことへの気づき。/(^o^)\ナンテコッタイ

ものすごく極端な話、僕が村で一番大切に思っている人、たとえばひろゆきやシカムすんや、Norshakiraや岡村が今にも死にかけているとして、
それを命がけで助ける手段を僕が持っているとして、
それを僕がすべきかどうかといえばそれはいったいどうなんだろうなってことです。

僕にとってものすごくものすごく大切なひとだけれど、それ以上に(おそらく)僕の両親にとって僕は大切なわけで。
僕が村人を助けたいとすれば、それは僕の(ものすごく高次ではあると思うけれども、ある意味で)欲望を満たすためであるわけで。

今回ヌンバック村に4泊ホームステイしてお腹が終了したりとか、今年の就活を(言い切ってしまえば)諦めて渡航に来たりとか、なんかそんな色々なことを通してこんなことを思ったりしたんですね。

複数のメンバーのご両親に、「いつもお世話になっております」なんて言われてしまったけど、いえいえいえいえいえいえいえいえええええいいいいあああああと。
そんなことこちらこそ!!!こちらこそお世話になりっぱなしと言うか大切なお嬢さんを/息子さんにこちらの力不足で体調を・・・とかいつも無理をお願いして・・・とかなんだかもうなんとも言えない気持ちになりました。

僕がもはや家族のように思っているメンバーやCPや村人はたくさんいるけれど、ちょっとまてと。その前に、本当の家族がいるよなと。それは僕にとってそうだし、他のみんなにとってもそう。っていうことなんで、僕は家に帰ったら本気で親孝行します。

PJとしてもきちんと帰省して親孝行できる時間を十分に確保できる年間スケジュール/渡航準備スケジュール設計をしないとなあと反省。

やっぱりどこまで行っても、家族≧恋人>友達(すごく広い)っていうのは変わらなくて。
親孝行します。いい加減彼女作ります。友達とひとりでも多く少しでも深い関係を作ります。
そうすることでしか、やっぱり本質的な意味で、さびしさから逃れるすべはないと思うので。

思いつくままに書きました。またやります。
お付き合いいただきありがとうございました。


こん

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